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梨園のこと

谷中梨園は大正時代に梨作りを始めました。収穫の時期になると、畑近くの番小屋に交代で泊まり、見張りをしていたと言います。ある時、ひどい雹(ひょう)が降って、果実が軒並み落ちてしまいました。昭和の初期と思われますが、この時に、当園の梨栽培は一度途絶えています。やむなく伐採した梨の樹は材木として買い取られ、一年間の梨収穫より良い値段で売れたとか。

戦争が終わり昭和21年、再び梨栽培を始めます。埼玉県の安行まで自転車で苗を買いに行き、100本ほどを植えたと言います。そのうちの1本が、今でも現役で梨をつけてくれています。


隣接する鬼怒川は、氾濫が洪水が多いことでも知られますが、そうした水害のたびに、上流からの栄養素やミネラルなどが堆積し、周辺に肥沃な土壌を作り上げてきました。当地もそうした場所のひとつです。特に梨の栽培には向いた土地であるとされ、肥土(あくと)と呼ばれています。この辺りで作られる「あくと梨」は、JA常総ひかり八千代のブランドになっています。


土と水、太陽と少しの人の手によってできる当園の梨を、ぜひ御賞味ください。

梨園のこと: 農園のご紹介

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